
No.38 「ふれあい」

たぬきといえば“さわるな…”と憎まれ口を叩きながらも期待を込めた眼差しを送ってくる不思議生物だ。
大抵のたぬきは撫で撫でモチモチしてやれば
「仕方ないし…今だけゆるすし…さわれ…」
と頬を染めながら触ろうとする手に寄せてくるものだが、この街のたぬき達はいつの間にか、本当に嫌がるようになってしまった。
嫌よ嫌よも好きのうちだろうと手を伸ばすと、恐怖に顔を歪めて泣きながらジタバタする始末だ。
「や、や、やだしぃ！さわるな…！ほんとにさわるな…！」
よく見ると頬や破れた服から露出した肌は細かく引き裂かれており、赤い線が所々に走っていて痛々しいのが共通点だった。
また、こうした野良たぬき達は傷のために水浴びを嫌がっていて身体を洗えず非常にみすぼらしく、くさい。
たぬき愛好家が保護してあげようと近づいても皆、一様に過剰な怯え方をするのだ。
おかげで飼ってもらえる機会を失う野良たぬきが後を絶たない。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
たぬきと触れ合えなかった事を残念に思いながら、サラリーマン風の男は帰路についた。


どうして、こんな事になってしまったのだろう。
1人の若い人間が、自らの境遇に胸を痛めて思い悩んでいた。
たぬきが大好きで、モチモチナデナデしてかわいがりたいのに、強烈なたぬきアレルギーのために触れない。
少しでも触れると痒くなってしまい、かわいがるどころではなくなってしまうのだった。
だけど、どうしてもたぬきと触れ合いたいなーーーどうすればいいんだろう？
「そうだ！手袋つけて触ればいいんじゃない？」


思いついて、家にある手袋でもっとも丈夫な物を探し出す。
もし耐久性の低い手袋を使って万が一破れてしまったら、自らが大変なことになってしまうからだ。
キッチン収納から取り出したのは野菜を洗うためのゴム手袋で、掌の面はヤスリのような加工がしてある。
強度が強い分、削る度合いも少々強力なものだった。
生の感触を味わえないのは残念だけど、これでたぬきを思う存分かわいがれる！
人間が考えていたのは、その一点のみだった。


と、いうわけで早速野良のたぬきを迎え入れる事にした。
この街ではたぬきはそこら中を歩いていて、道ゆく人に挨拶なんかしたりしている。
ゴミ漁りなどせず、むしろゴミ拾いなどを手伝って得た食料で生活するように心がけるたぬきがほとんどだった。


1匹のたぬきに、良ければうちに来ませんかと声をかけると、
「近ごろ寒くなってきてありがたいことだし…喜んでおねがいしますし…」
快諾してくれたので、ひとまず歓迎の意を表してプリンを出してあげた。
たぬきはションボリとした面持ちは崩さずに、しかし耳をぴこぴこ、しっぽをフリフリしている。かわいい。
人間はたまらなくなって、スプーンでプリンを口に運ぶたぬきに早速申し出た。


「あの〜、その、たぬきちゃん…」
「もぐもぐし…なんだし？」
「ほっぺ、さわってもいい？」
「仕方ないし…今だけゆるすし…さわれ…」
「ありがと〜！」
念願叶って、たぬきを存分にかわいがれる！ということしか考えていない人間は、かなり視野が狭かった。
ムスッとしながらも頬を紅潮させていた野良たぬきだったが、
手袋をつけた人間に抱き上げられた時、その違和感に気がついた。
「し…？なんだし、この感触…」


「よしよしよしよしよし〜！」
ざりざりざり！
ヤスリのような細かい突起に何度も皮膚をこすられ、別の赤で頬が紅潮することとなる。
そのままあちこちを撫でさすられ、背中からしっぽにかけて裂傷が走り、ご自慢のしっぽまでずたずたにされたとあっては野良たぬきは予想外の扱いに悲鳴をあげた。
「たぬきのモチモチおはだぁぁぁあ！？」


いくら食事に困らず可愛がってもらえるとしても、こんな仕打ちをされてはたまらない。
ジタバタと手足を振り回して抵抗し始める野良たぬきに、人間は不思議そうに尋ねた。
「なぁに？恥ずかしいの？…こんなボロボロだったっけ…お風呂入る？」
「………し……」
まともに答える気力もなくなり、真っ赤なボロ雑巾のようになってしまった野良たぬきは風呂場に連行され、その後も傷に直接熱湯をかけられてさらに大きな悲鳴をあげた。

 
「にげるし…こんなところにいられないし…いてててし…」
最初の犠牲たぬをはじめとして、この後のたぬき達も次の朝を迎える前にベランダから飛び降りて脱走することになる。
部屋は2階なので死にはしないが腕や足を折って野良に還るたぬき達はその後の生活に支障をきたしていた。
具体的には二度と思い通りにうどんダンスを踊れなくなる、などだ。


3匹目が逃げ出した辺りで野良界隈でも噂になり始め、
「ぜったい耐えるし…美味しいごはんも食べられるし、たぬきはここでたぬ生を終えるんだし…」
覚悟して臨んだ剛のたぬきもいたにはいたが、
「よしよしよしよしよし〜！」
ざりざりざり！と音を立ててたぬきの頬が裂かれ、お腹や背中は生地ごと削がれていく。
「い、いっそ殺してしぃぃぃ！」
執拗に肉をすりおろされる事は想像以上の痛みで、それは死ぬよりも辛いことだと悟った意気込みたぬきも1日と保たず逃げ出してしまう結果となった。


「あれ〜？またいなくなってるよ…どこ行ったの…お〜い、たぬきー！」
「呼んだし？」
「おっ、かわいこちゃん！ウチ来ない？お菓子あるよ！」
「行きますし…！よろしくお願いするし…」
物足りない人間は外に繰り出すと野良のたぬきを餌付けして連れ帰り、その度に例の手袋をつけて撫でる。
本人は恐ろしい事に悪気はまったくないままで、
「ゆ、ゆ、ゆるして…し…たぬきまだ死にたくないし…！」
「殺さないよ？かわいがってるだけだよ？」
「こいつ目がマジだしぃぃ！」
「はあ…たぬきに触れるのサイコー…でも何で赤くなるんだろう…まさかこの手袋が原因なわけないよね…だってこの手袋が…？違うか…これは野菜洗うためのやつでたぬきを削るためのものじゃないから…」
「だれか…だれか助けてし…」
この繰り返しで界隈の野良たぬきは全たぬが接触恐怖症となっていく。
ついには人間に触れられるのを恐れるだけでなく、仲間同士のモチモチすら忌避するようになってしまった。


生まれたばかりのチビ達でさえ、トラウマを抱える親に擦り寄ろうとして、
「ひっ…し…やめるしぃ！」
「ｷﾞｭ！？」
強く突き飛ばされ、甘える事すら許されなかった。


肌が触れあうだけであの恐ろしさを思い出してしまうため、その身を丸めてもちびは親に抱いてもらえず、成体同士でも間隔をあけて寝るようになっていく。
必然、風邪をひいたり体調を崩して越冬が難しくなるちびたぬき達が増えていった。


「お〜い…たぬき〜…お菓子あるよ〜…撫でさせてよ〜…」
(ｷｭ…おかし…ほしいし…)
(ちび…だめだし…出て行ったらたいへんなコトになるし…)

知り合いの所のちびが、ずたずたにされた頬のまま親のうんちに顔を突っ込んで食べていたら破傷風菌にやられ、要介護になってしまった事を知っている親たぬきは必死に声を押し殺して我が子を押し留めた。

(あの人間はだめし…たぬきもひどい目に遭わされたし…)
両頬が裂かれてボロボロになり、ガサガサになってしまった他の野良たぬきが声を潜めて忠告し、大人が涙ぐむ様を見てちびはションボリと黙り込んだ。


その時だった。
ズタズタたぬき達のションボリが集まってその場にポップした新たなちびが、たぬきを求める声に応じるように、人間の足元へトテトテと歩み寄っていく。
「ｷｭｷｭ〜♪」
(あ…！あぶないし…)
(だめし…声あげたらこっちが見つかるし…)


「わぁ…小さい子はひさしぶり！」
何も知らない無警戒なちびたぬきの姿を見つけ、人間は歓喜して手袋の上に招き入れた。
ハダカのちびもｷｭｳｷｭｳと応じ、その手の中にヨチヨチと登っていく。
「やったぁ！おちびちゃん！かわいいねぇ！」


久々の遭遇にテンションが上がってしまった人間は、興奮を抑えることなくちびたぬきを無遠慮に撫で回す。
ざりざりざり！むにむにむに！
いくつもの鋭い突起によって柔肌をくまなく引き裂かれ、ちびたぬきは自らの血で全身を真っ赤に染め上げていく。
「ｷﾞｭｳ！？ｷﾞｭｯ、ｸﾞｪｯ、ｷﾞｭー！」


たまらずその凶器的な掌の中から身をよじって脱出した赤ちびたぬきは、顔を覆いながら大泣きして逃げ出していった。
「ｷｭｴｴｴｴﾝ！ｷｭﾜｧｧｧﾝ！」
「あっどしたのおちびちゃーん！まってー！」
(あのちびも、もう誰かに触られるのだめになったし…)


その様子を隠れて窺っていた野良たぬき達はというと。
頭隠して尻隠さず。茂みに身を隠していてもしっぽが丸々露出していたので、
「あっ…いたいた！」
「し！？」
「ひぃぃいいいし！」
「かんべんしてしぃ！」
「恥ずかしがり屋さんだね〜怖くないよ〜♪」
「こわいしぃぃ！」
「ｷｭｳｳｳｳ！やだしぃー！」
すぐに発見され、陽の当たる場所に引き摺り出されてしまった。


しかし明るいところで見ると肌はぼろぼろ、傷だらけで服も汚れている。
寒さと裂傷のために水浴びも満足にできていないその姿は、かわいいたぬきを求める人間のお眼鏡にはかなわなかった。
「んー？なんかこの子達、くさいな〜…見た目も汚いし…じゃあね！」
人間は野良たぬき達に興味を無くして解放すると、何処かへ行ってしまった。


残された野良たぬき達は、呆然とその様を見届けてから、吹き抜けた風にぶるっと身を縮こまらせた。
親と一緒にいたちびは自らは無事であるものの、真っ赤になってしまった同世代の姿に恐怖し、親に抱きつきたい衝動に駆られたが不用意に近づくとひどく怒られてしまうのでそれも叶わず、涙を流してぶるぶると震えるしかなかった。
「見逃してもらえたし…ほっ、し…」
「でもなんか釈然としないし…」
「あいつ、見るだけで古傷が痛むし…」
「だいじょぶかし…？も、モチモチしてあげるし…」
「やめろし…！さわるな…！」


勇気を出して呼びかけた野良たぬきも、差し出された手を振り払った野良たぬきも、お互いに少し肌が触れ合った瞬間、痛みと恐ろしい記憶が蘇って頭を抱えるように伏せた。
「ひ…！ご、ごめんし…」
「…たぬきだってほんとはさわってほしいし…でももう、身体が受けつけないんだし…」
「…たぬきもだし…ざんねん、し…」
「…ごめんし…おまえもさわるの怖かったのにし…」
「……し……」
満足に慰め合って心を落ち着かせる事も許されず、一緒に居ても仕方がないのでーーーズタズタたぬき達はそれぞれ別々に、トボトボと歩き始めた。




どうして、こんな事になってしまったんだし。
たぬき達は、件の手袋をつけた人間だけでなく、次第に人間そのものを恐れるようになった。
界隈のたぬき達のションボリが増えるに応じて新たなたぬきが増えていくが、何も知らない野良たぬきが捕まって犠牲たぬとなっていく。
負のループに組み込まれ、誰かと触れ合う手段を失った野良たぬき達は。
いつしか人前に姿を現さなくなっていったのだった。
やがて、この街からは野良たぬきが消えた。


オワリ